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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)3388号 判決

原告 有限会社久兵衛 外五名

被告 株式会社中島商事 外一名

主文

被告等は、各自、原告今田寿治に対し、金三十八万五千百五十円及びこれに対する昭和二十九年一月三十日以降完済までの年五分の金員を、原告土志田真次郎に対し、金十四万三千円及び内金九万円に対る昭和二十九年一月三十日以降、内金五万三千円に対する昭和二十九年四月十七日以降各完済までの年五分の金員を支払へ。

原告今田寿治、同土志田真次郎のその余の請求及び原告有限会社久兵衛、同今田はる子、同住野ヱイ、同鈴木英夫の各請求を棄却する。

訴訟費用中、原告有限会社久兵衛、同今田はる子、同住野ヱイ、同鈴木英夫と被告等との間に生じた部分は右原告等の負担、原告今田寿治と被告等との間に生じた部分は、これを三分し、その一を右原告の負担、その余を被告等の負担、原告土志田真次郎と被告等との間に生じた部分は、被告等の負担とする。この判決は、被告等各自に対し、原告今田寿治において金五万円宛の担保、原告土志田真次郎において金二万円宛の担保を供するときは、その担保の供与を受けた被告に対し仮に執行することができる。

事実

原告等訴訟代理人は、「被告等は、各自、原告有限会社久兵衛に対し、金十二万円及びこれに対する昭和二十九年一月三十日以降完済までの年五分の金員を、原告今田寿治に対し、金五十三万五千百五十円及びこれに対する昭和二十九年一月三十日以降完済までの年五分の金員を、原告今田はる子に対し、金十五万円及びこれに対する昭和二十九年一月三十日以降完済までの年五分の金員を、原告住野ヱイに対し、金五十二万二千五百三十一円及びこれに対する昭和二十九年一月三十日以降完済までの年五分の金員を、原告鈴木英夫に対し、金十五万円及びこれに対する昭和二十九年一月三十日以降完済までの年五分の金員を、原告土志田真次郎に対し、金十四万八千円及び内金九万五千円に対する昭和二十九年一月三十日以降、内金五万三千円に対する同年四月十七日以降各完済までの年五分の金員を支払へ。訴訟費用は、被告等の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として

(一)  原告今田寿治は、東京都中央区銀座西八丁目七番地の宅地約十三坪の上に木造瓦葺三階建店舗兼住宅一棟建坪十一坪二階十坪三階四坪の建物を所有し、

原告有限会社久兵衛(以下単に原告会社と略称する)は、右建物を原告寿治から賃借してその建物で飲食店を営んでおり、また原告寿治は、同会社の代表者であり、原告今田はる子は、その妻であるところから何れも上叙建物に住んでいる。

原告土志田真次郎は、原告寿治所有の右建物の敷地と同所同番地の宅地約三十坪の地上の表側道路に面する部分に(イ)木造瓦葺二階建店舗一棟建坪二十九坪五合、二階二十六坪及び右建物と約五尺を隔ててその東側にこれと並立する(ロ)木造瓦葺二階建店舗住宅一棟建坪十四坪二階十五坪の各建物を所有し

原告鈴木英夫は、原告真次郎から右(ロ)の建物を賃借し、その内縁の妻である原告住野ヱイをして、その建物で飲食店を営ませ、共に(ロ)の建物に居住するものである。

(二)  被告株式会社中島商事(以下単に中島商事と略称する)は、もとその商号を株式会社グランド・パレスと称したが、昭和三十四年七月一日、現称の如く改めたもので、キヤバレーを径営していたが、昭和二十八年その店舗の増築工事を土木建築工事請負を業とする被告松井建築工芸株式会社(以下単に松井建築と略称する。)に請負わせ、原告寿治の前示所有建物の敷地と原告真次郎所有の(イ)(ロ)の建物の敷地との間の約三十四坪の部分に昭和二十八年七月以降同年十一月までに亘り、右工事を施行させた。

右工事の内容は上叙約三十四坪の部分に地下一階(約二十七坪)、地上三階(各階約三十四坪)の鉄骨鉄筋コンクリートの建物を建設するものである。

(三)  ところで、被告松井建築の基礎工事施行の実状は、

(1)  地下室工事は昭和二十八年八月下旬より掘鑿を始め、同年十一月十五日、その工事を完成したもので、

(2)  その北側は原告寿治所有建物の敷地との境界線いつぱいに、南側は原告真次郎所有の(イ)(ロ)の建物の敷地との境界線より三尺二寸後退した線から掘鑿したもので、

(3)  深さ約十尺を掘鑿した際、矢板(長さ十六尺、巾一尺、厚さ二寸五分の木材)を打込み、胴張りをなし、地下十四尺まで掘鑿したが、

(4)  本件工事現場は地下六尺の部分を地下水が通つているので、地下六尺程度掘下げた頃より排水ポンプで水を汲出し始め、最初の頃は昼間のみ二回(一回約二十分間)のポンプによる排水をなし、朝作業開始の際は、夜間の溜水を排出するため、四十分程度の排水作業をしていたが、

地下十四尺を掘下げてからは、昼夜ポンプによる排水を続けその排水作業は、排水ポンプを十五分間稼動させて二十分間休止させ、これを繰返し続行していたのである。

(5)  地下十四尺の底部には松丸太を打込み、玉砂利を敷き

(6)  地下工事完成後、矢板は抜取らないで、地上部分だけを切取り、矢板の外側の窪みにも土を詰めず、地上部分のブロツクを構築し

たものであるが、

(四)  工事現場附近一帯の地層は、軟弱であつて、多量の水分を含有しているので、前示工事施行のため、地層の収縮、地盤の低下を来し、これにより

(a)  原告寿治所有の本件建物、原告真次郎所有の本件(イ)(ロ)の各建物の傾斜、壁、基盤の亀裂等を生じ、その他窓廻り、建具、屋根、板塀等にも損傷を来し、原告寿治は、その所有建物につき修復費に相当する金三十八万五千百五十円の損害を、原告真次郎は、その所有の(イ)の建物につき金五万三千円、(ロ)の建物につき金九万五千円の修復費相当の損害を受け、

(b)  右工事中原告会社並びに原告住野ヱイは、その営んでいる飲食店の入口を、工事材料等により閉塞され、且つ工事による騒音、震動が甚しく、これがため客足が著しく減少し、

原告会社の一ケ月平均売上高は、五十万円であつたのに、四十万円に低下し、昭和二十八年八月より同年十一月までの間、合計四十万円(一ケ月平均十万円)の売上減となつたが、利益は売上額の三割であるから、結局金十二万円の売上減による損害を受け、

又原告ヱイの一ケ月平均売上高は、五十万円であつたのに、昭和二十八年八月は十八万八千四百七十円(売上減三十一万千五百三十円)、同年九月は十九万四千九百円(売上減三十万五千百円)、同年十月は十六万九千四百六十円(売上減三十三万五百四十円)、同年十一月は二十万五千四百円(売上減二十九万四千六百円)に低下し、結局昭和二十八年八月より同年十一月までの間に合計百二十四万千七百七十円の売上高減少を来し、利益は前述の如く売上高の三割であるから金三十七万二千五百三十一円の売上減による損害を受け、

(c)  工事、殊に夜間工事を強行したことにより、その騒音震動によつて、原告寿治、同はる子、同ヱイ、同英夫は、多大の不安と苦痛を受けた。

(五)、元来被告松井建築は、土木建築請負業者として、本件工事施行に際し、工事現場附近の状況並びに附近の地層を知り得た筈であり、これを知るにおいては、附近の既存建物並びにその地盤に損傷を惹起するが如き危険を防止するに必要な措置と施設をなし、且つ近隣の店舗の営業の妨害とならざる方法と附近居住者の居住の安全を確保する配慮の下に工事を進行するのでなければ、工事現場の近隣の建物所有者、営業者、居住者等に上述(a)(b)(c)の如き有形無形の損害を与える結果を生ずることは、容易に知り、又は土木建築請負業者として、業務上必要とされる注意を怠らなければ、容易に知り得た筈であるに拘らず、被告松井建築の代表者は、上叙の点を顧慮することなく、漫然その従業員をして工事を施行させて、原告寿治、同真次郎の各建物所有権、原告会社並びに原告住野ヱイの営業権、原告寿治、同はる子、同ヱイ、同英夫の土地建物の占有権(居住の安全)を侵し(妨害を含む)たものであり、

しかも被告松井建築の代表者の請負工事施行は、その職務の執行として従業員をしてなさしめたものであるから、同被告はその代表者が職務の執行につき故意又は少くとも過失により、他人の権利を害し、よつて原告等に与えた損害として(四)の(a)(b)の損害を賠償し、且つ(c)について慰藉する責あるところ、慰藉料額は、原告一人宛金十五万円を相当とする。

(六)  そこで被告松井建築に対し、

原告会社は、(四)の(b)の第二段の損害金十二万円、

原告寿治は、(四)の(a)の損害金三十八万五千百五十円と(c)、(五)末段の慰藉料十五万円との合計五十三万五千百五十円、

原告はる子は、(四)の(c)、(五)末段の慰藉料十五万円、

原告ヱイは、(四)の(b)の第三段の損害金三十七万二千五百三十一円と(c)(五)末段の慰藉料十五万円との合計五十二万二千五百三十一円原告英夫は、(四)の(c)、(五)末段の慰藉料十万五円、

及び右各金員に対する不法行為のなされた日の後である昭和二十九年一月三十日以降完済までの民法に定められた年五分の遅延損害金の支払を求め、

原告真次郎は、(四)の(a)の(イ)(ロ)の損害金合計十四万八千円と、そのうち(イ)の損害金五万三千円に対する不法行為のあつた日の後である昭和二十九年四月十七日以降、(ロ)の損害金九万五千円に対する不法行為後の日である同年一月三十日以降各完済までの民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求めるものである。

(七)  被告中島商事については、本件工事の注文者であることは(二)ですでに述べたとおりであるが、

(い)  民法第七百十六条には、請負契約の場合、注文者は注文又は指図につき過失があつた場合の外、請負人が工事について第三者に与えた損害を賠償する責がない旨を規定しているけれども、注文者が請負人に比し、著しい経済的優位にあるものであるときは、前者は後者に対し事実上支配者たる地位に立ち、強度の指揮監督権を握り、請負人の業者としての専門家的裁量をも左右することとなり、請負人を注文者の被用者的地位に陥らしめることとなるので、工事施行につき請負人が第三者に加えた損害については、民法第七百十五条を適用するか又はたとえ同法第七百十六条を適用すべきものとしても、同法条の但書による注文者の責任を拡張解釈すべきところ、

本件において被告松井建築は、被告中島商事に比し、会社としても規模も少さく、経済的にも著しく劣位にあるので、後者の前者に対する工事についての指揮は、事実上、広汎に及ぶ関係にあるものである。

ところで本件工事現場は、地盤が軟弱で、且つ人家の稠密なところであるから、かような場所に本件のような建築工事を注文するについては、前段の如き関係のある注文者は請負人に対して近隣の建物を毀損し、又は附近の営業の妨害とならぬよう万全の措置を講ずべきことを指図すべき義務があるのに、右の如き指図をなさず、殊に原告等は本件工事による(四)の(a)の建物に毀損を生じ始めた当時、被告中島商事に対し、屡々、原告等が受ける虞れのある損害発生防止に適切な指図を請負人にして貰いたいと要求したにも拘らず、これに応じた指図もしなかつた。

右の如く被告中島商事は適切な指図もせずに、被告松井建築をして施工に当らしめたことは、これに必要な注意を怠つたため、損害発生を予見できないで損害発生防止に適切な指図をせず、粗雑な指図の下に漫然請負人に施工させたものとして、注文乃至指図に過失があつたものと云い得るわけであるから、本件工事により、原告等の受けた有形無形の一切の損害を賠償する責がある。

(ろ)  若し被告中島商事に本件工事の注文並びに指図に過失がないとされるときは、

元来請負人も広義においては、注文者の被用者たる地位にあるのであるが、その仕事の執行について必ずしも注文者の指揮監督に服するものではないので、一般の場合には注文者は民法第七百十五条第一項本文により請負人の行為について第三者に対し使用者としての責任を負わないものとされているのであるが、請負人の選任について注文者に過失あるときは同法条による第三者に対する責任を負うものと解すべきところ、

本件工事現場についてはすでに述べたとおりの地盤の状態、近隣の情況、工事の規模等よりして、その工事により本件の如く近隣に損害を与えるようなことを避け得る技術と注意力等を具備した適当な請負人を選任すべき注意義務があるのに、被告中島商事は、右の注意を怠り、技術拙劣にして注意力の散漫な被告松井建築を請負人に選任して施工に当らせたため、本件の如き有形無形の損害を原告等に与えるに至つたものであるから、被告中島商事は、右損害につき民法第七百十五条による使用者としての賠償の責を免れない。

以上(い)(ろ)の何れにしても被告中島商事は、工事施行者である被告松井建築が原告等に与えた損害賠償として(六)に述べた金員を各原告に支払う義務があるので、その支払を求める次第である。

(八)  更に被告松井建築に、本件原告等の受けた損害の発生について何等の責なく、従つて被告中島商事についても、請負人に帰責事由あることを前提とする原告等の主張乃至請求がすべてその理由がないものと認められるときは、被告中島商事に関する限り、同被告は、左の理由により原告等の受けた損害の賠償(慰藉料を含む)として(六)の金員を各原告に支払う義務がある。

民法第七百十七条にいわゆる「土地ノ工作物ノ設置ニ瑕疵アルニ因リ生シタル損害」とは、「土地の工作物を設置する途上において工事施行に瑕疵があり、その瑕疵に基いて生じた損害」を含む趣旨と解すべきものであるのみならず、

工事による建物、その他の工作物の所有関係についても、本件の場合、建物等の所有権が工事の当初より施工と同時に施工部分について順次注文者である被告中島商事に帰属するものと解するときは勿論、そうではなくて、工事が竣工後請負人より建物等の引渡を受けて、これにより被告中島商事がその所有権を取得するものと解すべきものとしても、同被告が引渡を受けて所有者となることは確定されているばかりでなく、引渡を受ける前でも、すでに述べたとおり、請負人に対し、強度の支配力をもつており、注文又は指図により工事中の建物等に支配を及ぼすことができた点において、実質上の所有者と云い得たのであり、民法第七百十七条の工作物の所有者とは、かように究極的には工作物の所有者として、これを利用できる者をも含むと解すべきものであるから民法第七百十七条第一項(但書)により、被告中島商事は、原告等の受けた損害(無形のものを含む)を賠償する責がある。そこで同被告に対し、その賠償として(六)の金員の支払を求めるものである。

と述べた〈立証省略〉

被告中島商事の訴訟代理人並びに被告松井建築の代表者は、原告等の請求を棄却するとの判決を求め、原告等の主張する事実については、

(一)は不知。

(二)は認める。但し第二段の工事中被告松井建築の請負つた部分は基礎工事、地下室工事並びに地上建物の造作工事だけである。

(三)のうち、

(1)は認める。

(2)は北側は隣地との境界線より五寸内側に後退した線まで掘鑿したものである。その他の点は認める。

(3)については相異の点がある。地下三尺五寸まで掘鑿したとき、外壁の土止めのため一尺角材を使用して一段目の胴張りをなし、矢板を打込んだもので、矢板は、原告等主張通りのものであるが、矢板打込後、更に土地を掘下げ、地表より九尺の個所に二段目の胴張りをなし、地表より深さ十四尺まで掘鑿したものである。

(4)は認める。

(5)は否認する。底部には松丸太を打込んだものではない。約一尺角の割栗石を敷いたのである。

(6)については、矢板と外側土地との間隙は土で埋めた。その余の点は認める。

(四)は否認する。そのうち(c)については、夜間工事をしたことはない。ただ、排水ポンプを終夜稼動させたことがあるだけである。

(五)は争う

と述べ、

更に被告中島商事の訴訟代理人は、

(七)の(い)の主張はこれを争う。注文者と請負人との間の従属関係は、単に両者の経済力の優劣だけから論定さるべきものではない。むしろ注文者の工事に関する智識、技術、経験、関心の深浅乃至有無等により定められる場合が考えられるけれども、本件では、被告中島商事が被告松井建築に地下室工事を注文した際、その工事により近隣に迷惑をかけることのないように注意はしたが、工事の具体的計画の樹立、仕事のやり方等の実際面については、高度の専門的技術性の故に、専門の業者である被告松井建築に一任する外なかつた。従つて被告中島商事としては、工事施行の具体的方法について請負人を指図又は監督する余地はなかつたのであつて、民法第七百十五条の拡張解釈又は同法第七百十六条但書による責任を負うものではない。

(七)の(ろ)の主張もこれを争う。一般の場合に、注文者と請負人との関係は、民法第七百十五条の使用者と被用者との関係に立つものと云うことはできないし、本件の場合についても、すでに前段で述べたような関係であつて、同法条にいわゆる使用者と被用者との関係には当らないので、同法条による使用者としての責を、被告中島商事において負うものではない。

(八)の主張も争う。民法第七百十七条は土地工作物の占有者又は所有者の危険責任を規定したもので、請負人による工事進行中、その仕事について生じた損害についての注文者の責任は同法第七百十六条の規定するところであり、右第七百十七条の規定には当らないので被告中島商事は、同法条による損害賠償の責はない。

なお社会的責任の見地から見ても、都市における店舗、ビル等の密集した地域において、本件の如き地下掘鑿を要する鉄骨鉄筋コンクリート造りの建物の基礎工事をなす場合には、近隣に或る程度の損害を及ぼすことは避けられないことが明であるから、請負人は請負代金を算定するのに、これらの損害に対する補償金をも加算しているのが通例であり、本件においては、被告中島商事としては昭和二十九年七月十五日請負人に対し請負代金全部の支払を了しているので、原告等に損害があらば、被告松井建築において、補償をなすべき関係にあるものである。

と述べた。〈立証省略〉

理由

成立に争のない甲第一号証、検証並に原告今田寿治に対する本人尋問の各結果を綜合すれば、原告今田寿治は、その主張の(一)の第一段の建物(但し登記簿上は木造亜鉛葺二階建居宅一棟建坪十坪二階十坪と表示されている。)を、昭和二十六年七月十一日、その前主より買取り、所有者となつたが、同年八月頃、右建物を原告有限会社久兵衛に賃貸し、同会社はこの建物で寿司屋を営み、原告寿治は右会社の代表者として、また原告今田はる子は原告寿治の妻である関係上、この建物に居住していることが認められる。

次に成立に争のない甲第二乃至第四号証、検証並に原告土志田真次郎本人尋問の各結果を綜合すれば、原告真次郎は、その主張の(一)の第四段の(イ)(ロ)の建物を((ロ)の建物は家屋台帳の上では建坪十五坪五合、二階十四坪二合五勺と表示されている)、昭和二十年十一月二十日先代亡土志田与助の死亡に因る家督相続により取得し、(ロ)の建物を原告鈴木英夫に賃貸し、原告鈴木英夫は、右賃借建物に原告住野ヱイと共に居住し、原告ヱイにこの建物で飲食店「ひらの」を営ませていることが認められる。

原告等主張の(二)の事実のうち被告松井建築の請負つた工事の範囲の点を除いたその余の点は被告等の認めるところである(もつとも工事の位置について原告寿治所有の建物の敷地と原告真次郎所有の(イ)(ロ)の建物の敷地との間とあるのは右各原告の所有建物と指称する建物の敷地の間という趣旨で被告等が認めているわけである。)。

しかも証人石川七郎の証言、被告中島商事代表者尋問の結果並びに右証言と代表者尋問の結果よりして真正に成立したと認められる丙第一号証によれば(右各証拠は被告松井建築は援用しないけれども、同被告が真正に成立したものとして提出した乙第一号証は丙第一号証と同一内容のものであるから、同被告に対する関係では乙第一号証だけによる。)、被告松井建築が請負つた工事の範囲は被告等の認める範囲にとどまらず、原告等主張の(二)の第二段関係工事の全部に亘るものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

さて、そこで原告等主張の(三)の被告松井建築の基礎工事施行の実状をしらべてみると

(1)の点は本件当事者間に争がなく、

(2)の点については土地の掘鑿は検証の結果によれば、北側原告寿治所有建物の下屋の南端から三寸五分、母屋の南端からは一尺七寸後退した線から、又南側原告真次郎所有の(イ)の建物の北端より六尺三寸(ロ)の建物の北端より七尺八寸乃至七尺七寸五分後退した線からなされたもので、検証の結果では原告等所有の右各建物の敷地と、本件工事の敷地との境界線は明確には知り得ないが、原告等所有建物の基礎線と、掘鑿部分の縁線との上叙間隔からすると、掘鑿は北側は原告寿治所有建物の敷地との境界線ぎりぎりのところまで(南側は原告真次郎所有の(イ)(ロ)の各建物の北側の路地のほぼ中央部を、右各建物の敷地と、本件工事敷地との境界線とみれば、本件当事者間に争のないものと一致することになる。)、なされたと推定できる。右推定を覆えすに足りる証拠はない。

(3)については原告等の主張を認め得る証拠はないので、被告等の主張通りとして判断の資料とする外はない。

(4)の点は本件当事者間に争がない。

(5)(6) については、仮に被告等主張の通りとして判断の資料としてみることとする。

ところで、以上の工事施行の事実と本件工事現場の写真であり、且つ原告今田寿治本人尋問の結果により下記括弧内に記載した当時の撮影に係ることを認め得る甲第八号証の一乃至五、甲第九号証の一乃至四、(甲第八号証の一、四は昭和二十八年十一月乃至十二月頃、甲第八号証二、三、及び甲第九号証の一、二は同年九月頃、甲第八号証の五は同年八月頃、甲第九号証の三、四は同年七月頃、)証人大槻千代太郎(第一、二回)、大高利佐久、藤原嘉民、佐藤英輔の各証言、鑑定人山門明雄の鑑定、検証の各結果並びに原告今田寿治、同土志田真次郎に対する各本人尋問の各結果を綜合すれば、上述の(1) 乃至(6) の工事施行のため、原告等所有建物の敷地及び工事現場周辺地域の地盤に亀裂、沈下を招き、これにより原告寿治所有の建物は、全体に南側に領斜し、二階八畳の間の南側が二寸六分程度低下した外、西南側の柱、二階西側窓周囲の外部壁、階下店舗天井の壁、二階階段の東側の内部壁、二階入口北側窓の壁、二階天井及び周囲の壁三個所に何れも亀裂を生じ、また原告真次郎所有の(ロ)の建物は、玄関等の土間コンクリート床と入口敷居とが三個所に亘り分離し、三分乃至七分の間隙を生じ、看板燈支柱が屋根瓦と分離し、二階六畳二室の東北隅が低下し、玄関の内部壁、二階北側窓下の外部壁、玄関前の路地コンクリートに何れも亀裂を生じ、硝子窓の一部も開閉に支障を来し、更に原告真次郎所有の(イ)の建物は、その基礎部分に亀裂を生じ、建物全体が傾斜し、戸の開閉が不自由となり、壁は破損し、屋根瓦も移動したばかりでなく、原告等主張の(二)の第二段の各工事による各種の騒音、及び震動があり、工事の初期においては昼間のみ工事が行われたが、末期に到つて竣工が急がれ、昭和二十八年八月中旬以降同年十一月頃までは、工事は昼夜を通じて行われ、時として深夜にも及ぶことがあり、特にポンプによる排水作業は、終日行われたこともあるので、本件各建物に居住する原告等は、工事の騒音により来客との会話を妨げられ、電話も聴き取れない時もあり、更に昭和二十八年九月中、十数日乃至二十日間位、時として本件工事の建築用資材が原告真次郎所有の(イ)(ロ)の建物の入口前路上に置かれ、同所を通行する人の妨害になつたことが認められる。被告中島商事代表者尋問の結果中右認定に反する部分は前掲各証拠に比照して信用が措けないし、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

以上認定の事実からすれば、被告松井建築の工事施行により原告等所有の各建物に損傷を来たし、又その工事施行から生ずる騒音、建築用資材の現場附近通路上の所在等により右各建物に居住、営業中の原告等が判示のような生活上の不利迷惑を受けたことは明白であるが、本件工場現場である東京都中央区銀座西八丁目七番地附近一帯は比較的繁華な市街地であることは、公知の事実であり、かような場所に本件の如き鉄骨鉄筋コンクリートの建物を建築し、その基礎工事をなす場合において建築業者が近隣の家屋その他の工作物に損傷を与えることのないように、高度の配慮と技術とを駆使し、近隣に生活する人々の身体の安全を確保し、その生活に対しても、できるだけ迷惑をかけない心構えの下に、慎重な注意を払いながら作業すべきものであることは云うまでもないと同時に、現場附近の居住者乃至営業者もかような場所で都会生活を営むものは、その工事による多少の騒音、震動、工事用資材の持込み等による通路の不便等による生活上の不利を受けることは避け得ないであろうが、右生活上の不便、不利が、健全な一般社会の良識に照し、その期間、程度等からみて、已むを得ないと考えられる限度を超えない限り、忍容しなければならないと解すべきところ、本件では、原告等所有の各建物の損傷については、各建物の所有者において、判示の損傷を甘受すべき限度を超えていることが明であるけれども、騒音、震動、並びに工事用資材による通行上の不便等については、判示の期間、程度等よりすれば、都市の繁華街の都会生活者としては忍容すべき義務ある限度を超えたものとは云えないし、他に右限度を超えたものと認めるに足りる証拠のない本件では、各建物の居住者又はこれらの建物による営業者は、判示の生活上の不利を受けたことを理由として、その有形無形の損害の賠償を求め得ないものと云わなければならない。

そこで原告等所有の各建物に損傷を生ぜしめた被告松井建築の工事施行に、同被告の責に帰すべき事由があつたかどうかについてしらべてみると、原告等主張の(三)の(1) 乃至(6) について、すでに述べた事実を前提とし、右事実と証人大槻千代太郎(第一回)、大高利佐久、松井金蔵の各証言、鑑定人山門明雄の鑑定並びに検証の各結果を綜合すれば、本件工事現場及び周辺一帯は地下地盤が軟弱で地下水位は地表より僅か一・三米という程に高く、しかも工事現場附近には木造建物が存在しているのであるから、かような環境の下で、原告寿治所有建物及び原告真次郎所有の(イ)(ロ)の各建物から近距離を距てて地下十四尺に達する地下掘鑿を伴う鉄骨鉄筋コンクリートの高層建築工事を施行するについては、地下掘鑿による周辺からの地下水、土砂の流出により周辺の土地に亀裂、沈下等の現象を生じさせる虞れのあることは予測されるところであり、従つて土木建築請負を業とする被告松井建築の代表者としては、工事現場周辺の土地の建物に損傷を与えることを防止するに足りる方法(前示鑑定の結果によれば掘鑿地附近の土質の状態は、地表に近い上層部分、深度一・一〇米乃至二・七〇米程度の部分は、埋立土又は地下埋設物工事の際の埋戻しの土で、不均等な混合状態にあるので、この層の部分には掘鑿に先立ち、セメントとベントナイトの混合液によりグラウチングを施し水密性にし間隙比をできるだけ少くすること、又掘鑿に先立ち、地下水位を根切底面以下に低下させておくためにウエルポイント、ヴアキウム工法と称する排水方法を採用し、且つ掘鑿部分の周壁の土留工作としてはレール横矢板工法を施せば、地盤の亀裂、沈下等による近隣建物の損傷を防止できるが、若し以上の工事方法による費用が、本件の工事の規模に照らし多額に過ぎる関係から採用できないような場合には近接建物を事前に補強して置くためアンダーピニングと称する建物基礎補強方法を行い、根切工事の際の土地の沈下による建物の損傷を防止することができるし、右方法も建築工事に実施されたこともあることが認められる。)を講じなければ、本件の如く現場周辺の建物に損傷を与える結果となることは容易に知り、又は業者として必要な注意を怠らなければ少くとも知り得た筈であるのに、その防止を可能とする現場周辺の状況に適切な何等の特別な施工方法も採らなかつたことを認めるに十分である。原告等主張の(三)の(1) 乃至(6) の工事施行の実情については、すでに述べた通りの前提に立つても、土地の亀裂沈下による原告等所有の各建物の損傷を惹起するもので、損傷防止に役立つものでないことは前示鑑定人山門明雄の鑑定の結果により明であり、その他前段認定を覆えすに足りる証拠はない。

ところで前述の認定事実からすれば、被告松井建築の代表者は、その従業員をしてなさしめた原告寿治同真次郎の各所有建物に損傷を招来した工事の施行について、故意又は少くとも過失により右原告等の建物所有権を侵害したものと云うべく、右工事の施行が土木建築請負を業とする被告松井建築の代表者としての職務の執行に属することは、云うまでもないので、被告松井建築はその代表者の所為により原告寿治、同真次郎の受けた損害を賠償する責があるものと断じないわけにはいかない。

次に本件工事の注文者である被告中島商事に、右原告等の各所有建物の損傷による損害について賠償責任の有無について判断する。

すでに述べたように本件工事現場附近には木造建物が存在し、しかも本件工事は原告寿治、同真次郎の各所有建物の基礎からすでに述べたような至近距離内に地下十数尺に達する地下掘鑿を伴うものであるから、専門的知識がなくとも、右工事の注文者としては、その掘鑿により周辺の土地に影響を及ぼし、地上の建物に損傷を生じさせる虞れのあることは、社会通念上、容易に知り(この点につき被告中島商事代表者尋問の結果によるも、地下掘鑿により近隣に影響を来す虞れあることは同代表者において予測していることが認められる。)、又は通常人としての注意を怠らなければ容易に知り得た筈であるから、被告中島商事代表者は、本件工事の注文に際しては、特に以上の点について請負人の注意を喚起し、近隣の建物の損傷防止について工事施工上の措置等につき請負人、その他専門的知識を有するものの説明を聴取し、請負人が具体的にその工事施行について採り又は採ろうとしている措置が損傷防止に足りるものであることに通常人として、一応納得できる程度のものと見極めがついたところで、注文をするというような挙措に出なければならないことは、都市の市街地において、この種の工事の注文をなす場合において、社会的要求(この点は工事による騒音等につき、近隣のものが、ある程度までは己むを得ないものとして忍容すべきものであることと対応するであろう。)として注文者に負荷させられた注意義務であると云わなければならない。ところが本件においては、前顕丙第一号証並に被告中島商事代表者尋問の結果に徴しても、工事請負契約約款(第七条)において、「工事施行中第三者の生命身体、財産等に対し、損害を加え、又は近接居住者との間に損害に関する紛議を生じたときは、請負者は、その処理解決に当り、これに要する費用は当事者がその原因を究め、協議の上各の負担額を定める。その原因が請負者の不注意又は施工上の瑕疵であることが明かなときは、請負者がこの責う。」との約定を結び、工事による損害並びに被害者との交渉費用等について被告中島商事代表者は、請負人との間の負担関係につき協定した外、工事現場近隣の工事施行による建物の損傷防止等については、土地掘鑿工事が近隣に影響あるべきことを予見していたに拘らず、上述したような注意義務をつくしたと認められる何等の挙措に出ず、漫然請負人に工事を一任したにすぎないことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定の事実によれば、被告中島商事代表者は、本件工事注文につき民法第七百十六条但書にいわゆる過失があつたものと云うべく、右注文が同被告の代表者としての職務の執行であることも明であるから、被告中島商事も、本件工事による原告寿治所有の建物、並びに原告真次郎所有の(イ)(ロ)の各建物について生じた損傷のため右原告等の受けた損害を賠償する責を免れない。

なお被告中島商事は、都市における店舖ビル等の密集した地域で地下掘鑿を要する基礎工事をなす場合には近隣にある程度の損害を及ぼすことは避けられないので、請負人は、その損害の、補償金を請負代金中に算入しているのが通例であるとして、近隣者に対する損害補填の責は注文者にはない旨を暗に述べているが、右事実があるとしても(本件ではすでに判示したように請負契約約款に注文者と請負人との間に損害賠償の負担につき約定がある。)、その損害補填の責についての注文者と請負人との間の関係は、請負契約当事者以外の第三者の損害賠償請求権に何等の消長を表するものではない。

そこで所有建物の損傷により原告寿治、同真次郎の受けた損害についてしらべてみると、

証人大高利佐久の証言、同証言により真正に成立したと認められる甲第五号証並びに原告今田寿治本人尋問の結果を綜合すれば、原告今田寿治は、その所有建物の本件工事による損傷により、その復旧費に相当する金三十八万五千百五十円の損害を受けたことが認められ、又原告土志田真次郎本人尋問の結果とその結果からして真正に成立したと認められる甲第七号証を綜合すれば、原告土志田真次郎は本件工事による(イ)の所有建物の損傷によりその復旧費に相当する金五万三千円の損害を受けたことが認められ、更に原告今田寿治本人尋問の結果及びこの結果からして真正に成立したと認められる甲第六号証によれば、前同様原告真次郎がその所有の(ロ)の建物の損傷により受けた損害はその復旧費に相当する金九万円であることを認めることができる。

上来説示したところにより、被告等は本件工事による建物損傷の損害の賠償として、原告今田寿治に対しては全三十八万五千百五十円とこれに対する損害発生後で且つ被告等(代表者)に対する訴状(昭和二十九年(ワ)第一九一号)送達の日の後であることが裁判所に明らかな昭和二十九年一月三十日以降完済までの民法に定められた年五分の遅延損害金を支払う義務があり、また原告土志田真次郎に対しては金十四万三千円と内金九万円((ロ)の建物についての損害)に対する前同様の理由による昭和二十九年一月三十日以降完済までの年五分の金員並びに内金五万三千円((イ)の建物についての損害)とこれに対する損害発生後で且つ被告等に対する訴状(昭和二十九年(ワ)第三三八八号)送達の日の後であることが裁判所に明白な昭和二十九年四月十七日以降完済までの民事法定率による年五分の遅延損害金を支払う義務があることは明であるから原告寿治、同真次郎の本訴請求は、右限度においては正当であるが、その余の部分の請求は、その余の原告等の請求と共に何れも失当として棄却されなければならない。

よつて訴訟費用の負担について、原告有限会社久兵衛、同今田はる子、同住野ヱイ、同鈴木英夫と被告等との間に民事訴訟法第八十九条、第九十三第第一項本文を、原告今田寿治と被告等との間に同法第九十二条本文、第九十三条第一項本文を、原告土志田真次郎と被告等との間に同法第八十九条、第九十二条但書、第九十三条第一項本文を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用(但し仮執行の宣言につき無担保申立部分は不相当と認めてここにその申立部分を棄却する)して、主文のとおり判決する。

(裁判官 毛利野富治郎 浜田正義 佐藤栄一)

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